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日々の破片

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2008-09-25

_ リメイク

うーん、途中まで読んだけど微妙だなぁ。

リメイク (ハヤカワ文庫SF)(コニー ウィリス/Connie Willis/大森 望)

(このカバーは、上はわからない、次のはただの四角かな、次はアステア、次がカサブランカ(署長、リック、バーグマン)、そしてモンロー、最後は一番上と同じ)

何がかというと、わかるんだけど、でもこの作家は本当にミュージカルが好きなのか? 映画が好きなのか? と疑問でいっぱいになるからだ。

でも、わからなくもないところが微妙なところ。

つまり、本当は観ていなくても書けそうな小説なのだ。名セリフとタイトルがたくさん。

そこで、アンビバレンツに陥る。

1. こいつ、うんちくだけで書いてるな

2. くそー、おれの知らない映画を観まくってるのかうらやましいぞ

というわけで、少なくとも観なけりゃ書けなさそうな、しかも観たことがない、いや、たぶんザッツエンターテインメントで観まくったような気もしないでもないが、

踊るニューヨーク [DVD](フレッド・アステア/エリノア・パウエル/ジョージ・マーフィ/フランク・モーガン/レオン・ゴードン/ジョージ・オッペンハイマー/オリヴァー・T.マーシュ/ジョゼフ・ラッテンバーグ/ボビー・コノリー/コール・ポーター)

をぽちっちゃったよ。すげぇ高いよ、これで当分、文化費は無しだな。

パウエルがくるくる回るところは観た覚えがある。ザッツはMGMだからこれがあってもおかしくはない。ニューヨークというとシナトラとケリーとかが水兵さんのかっこうでブロードウェイをどたばた駆け回る映画がすぐ浮かんでくるけど。でも、この本に描かれている夢のようなダンスは記憶にはないし(もちろん違う映画だからだけど)、ザッツはVHSだから確かめたくても今は観られない。

ザッツ・エンタテインメント [DVD]

(この映画でミュージカルを知ってからRKOのアステアを観ると、それは確かに、この本の中で書かれているような感想を持つ。にもかかわらず、やはりアステアはアステアで、ステッキといっしょに踊りだし、壁を垂直に踊りながら天井をさかさまに踊りながら、また壁を垂直に踊りながら床で普通に踊って、夢のような気分からさめるというような名場面は、それでも圧倒的な印象を受けるというか覚えている)

でも、やっぱりこいつ、観ずに書いているんじゃないかという感じがしまくるんだよね。もちろん、主題は違うんだから、資料を駆使して書くことにはなにも問題はないのだ。それは理解できる。でも違うんだよな、違うんだよね。

たとえば、ジーンケリーを悪く書いている。これもわかるのだ。MGMには2人もスターはいらないから、ケリーがいかにアステアを踏みつけて自分がトップに立ったか、といった政治の話であるとか、事実、優雅なダンスに勝てないから、ダイナミックなダンスを作り、それがつまりは俗受けしたとか、そういう話は少し調べればいくらでも出てくる。

にも関わらず、たとえば巴里のアメリカ人でストライプのスーツを着て帽子をパタパタやりながら出てくるところとか、あるいは海賊の屋根から屋根へ飛び移っていくのが、そのままダンスになっているところとか、あるいは軽妙でも洒脱でもないけれど、やはり雨に唄えばで街灯とダンスしたり水たまりぱしゃぱしゃやって最後に警官を観てしょんぼりしてしまうマイムであるとか(いまいちだったロボットもののアニメ映画でも引用されていたけど、あれはなんだったっけな?)、やはり映画以外の何物でもないのだから、あの書き方はないだろう。いや、確かにアステアには遠く及ばないかも知れないが、それでもケリーも神なのだ。

つまり、紋切型だ。そこが本当にこいつ映画が好きなのか? と読んでて感じて、それがいやな感じになってくるのだ。

でも、それにしても、踊るニューヨーク(ニュウ・ヨークと訳してあるけど、初出はそうだったのかな)についての描写は良かった。ああ書かれたら観ないわけにはいかないね。

巴里のアメリカ人 [DVD]

ぼろくそに書かれているが、ガーシュインの音楽は最高、ハリウッドのセット美術の美しさは本物の安っぽさの本物、レバントのピアノは明解、レスリーキャロンはチャーミング、ケリーは胸幅は厚すぎるけど全然悪くない。ヴィンセント・ミネリの頭おかしな演出もいかしているし、これを悪く書くなんて信じがたい。

たとえば、(と話は変わる)、17ページからの章ではリファレンスとして「汚名」「グリード」「卒業」「卒業白書」「ティファニーで朝食を」「暗黒街に踊る」「パーティ」というのが出ている。

素直に考えれば、これらに対する引用を含む章だということになるだろう。

ところが、「汚名」は昔テレビで観たが忘れた、「グリード」は何度も観たが(VHSだけど)まったく記憶にないや(最初のエピソードは覚えているような気がする反面、カウリスマキの白い花とごっちゃになっているような気がする)、「卒業」は最後のシーンだけしか覚えていない(ジャケットに使われている脚は絵として覚えているけど)、「卒業白書」はリアルタイムに映画館でみたが、(この映画は印象が強いな。大した映画だとは思えないけど、というかギターを弾くところと、地下鉄を俯瞰で映したシーンくらいしか覚えていないと今わかった。パーティのシーンはバックトゥザフーチャとごっちゃになっている)、「ティファニー」はどうも観た覚えがないような観たような(日本人のカメラだけ覚えているようだ、旅行中とか引用できるのは小説のおかげだし)、「暗黒街」は初めて知った、「パーティ」ってなんだ? という程度の知識だから、中途半端にしか楽しめない。

スキッドのシーンが卒業白書なのかな、とか思っても、パーティというのを知らないわけだし、中途半端に知っているから距離感がつかみにくいってのも読んでいて感じるいらだちの原因のような気がするな。

というわけで、巻末を見ると半分は観ていないことがわかり、つまりお楽しみはこれからだということがわかったので、それはそれで結構ではある。

でもその一方、未見のものを観るよりも、捜索者をもう一度観たい、とかの気持ちも強かったり。というか観たい。

(ビッグトレイルの引用のところはまったく記憶にないだけに悔しいかんじだ。あの幻の映画を観られただけでも奇跡だっていうのに、おれの覚えていないパートが出てきて、しかもそれがまったく思い出せないというのはね。また観たいものだというような雑念が入るのもいまいち作品世界にのれない理由かも)


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