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日々の破片

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2020-10-04

_ 新国立劇場の夏の夜の夢

復活上演なので楽しみ。何しろマイスタージンガーもジュリオチェザーレもコロナの影響で観られなかったのだ。

というわけで、キャストは日本人、演出も本来のマクヴィカーではなく弟子筋の人(だと思う)。という、ある意味、珍しい舞台だったが、実に良いものだった。

ブリテンは、ピーターグライムズ以来だ。

事前の知識は(シェークスピアの夏の夜の夢は良く知っているとして)全然なく、1960年の作曲ということだけプログラムで見た。

序曲はグリッサンドを多用した、おそらく妖精が飛び交う音楽。複雑にして精妙、しかし簡素な響きの豊饒さという不思議な感覚を味わう。ブリテンの音楽は実に良いものだな。

3幕の職人たちによる劇が不思議とヴェルディのようなメロディが飛び交う以外は、基本として調性を感じさせる無調で、結局、このあたりの音が一番しっくり来ると思った。

とにかく、響きの美しさが素晴らしい。演奏も指揮も無論良いのだろう。

舞台は一見すると、妖精の森のようだが、よくみると左側に窓枠の影が映る。

イモータンジョーが暮らす廃墟都市の温室みたいだなあと思う。

現代人の廃墟で、ようように変容を遂げた未来人が現代人(実際にはシェークスピアの時代だから近代ですらないわけだが)を真似る遊戯にふけっているかのようだ。それがちょうど、シェークスピア時代の人間が古代ギリシャのアテネの人たちを演じながら、そのアテネの人たちがさらに昔の恋人たちの悲喜劇を演じるメタ構造にメタ構造を重ねたかのようでおもしろい。

実はマクヴィカーということで、タイタニーアとボトムのやり取りは間違いなく下劣極まりない一場として描くのかと思っていたら(ロイヤルの全裸可能な舞台ならなにかものすごそうだ)、全然違って女王の寝台が宙に浮かぶのには逆に驚いた。

・というか、シェークスピアの才能は本当にすごい。同じ恋人が死んだと思い込んで死んだ恋人を嘆いて死ぬ話を夏の夜の夢ではばかばかしい喜劇として表現し、ロミオとジュリエットでは文句ない悲劇として表現する。ここまで物語を相対化できる視点こそがシェークスピアの凄みなのだろう。


2020-10-05

_ デヴィッド・ボウイ 最初の5年間を視る

妻がプライムビデオにボウイ最初の5年間が入ったよと教えてくれたので視た。スターチャンネルでは見逃したので今度はすぐに視た。

このシリーズ(最後の5年間も視たが記録に残っていないな)、年が変わると5年間のイントロのドラムパートを流すとかいろいろ音的におもしろい作りが楽しい。あと、ゴダールの90年代作品のような音のぶった切りも多用されるが、これは不思議な効果がある。良く知っている曲に耳をそばだてると突如途切れて言葉になるのが、不快でもあり強調されもする。

16歳くらいでロンドン郊外の家を出て(母親の写真がどれもこれも仏頂面で奇妙なのだが、そこにいろいろボウイの悩みもあったようだ)次々とバンドを渡り歩くがまったく目が出ない。

最初のバンドのギターとドラマーが話す。おれたちが雇ったんだ。最初サックス吹きかと思ったよ、首からぶら下げていたからね。

この頃の曲のCan't Help Thinking About Meは、Nothing Has Changedに収録されている初期の曲では最も好きなものの1つだが、びっくりしたのがこれがデビュー曲だったことだ。プロデューサーがサビもバッチリとか言っているのだがまったく売れなかった(この頃はデビッド・ジョーンズ)。

Nothing Has Changed (The Best of David Bowie) [Deluxe Edition] [Explicit](デヴィッド・ボウイ)

BBCのオーディションを受けてそのときの評価表をギタリストが見せる。平凡な歌手。へたな歌手、オリジナリティが無いとかぼろくそに評価されて、全評価者がNoを付けている。

それでも、出てくる人たちは、風景の中の人間の物語というそれまでには見たこともない詩を作るとか評価しているのだが、その後もバンドを移り変わりながら、まったく目がでない。

ファーストアルバムがリリースされるが全く売れない。

リンゼイ・ケンプが出て来て、気に入ったので舞台で楽曲を使った。ある日、最前列に大天使ガブリエルが降り立ったのかと思うほど美しい人がいることに気付いた。大天使は楽屋にやってきて、とても嬉しいから楽曲を作らせてくれと言った。ボウイだ。

金が払えないと言ったら、マイムを教えてくれればよいと言った。

二人で舞台に立った。客はいなかった。

その後、ボウイから連絡が来た。おれの(忘れた)を見てくれというので、店に展示されているのを視た。マルセル・マルソーの真似かな。最悪だ。くそだった。

ボウイの声が入る。そりゃ落ち込んだ(ケンプの言葉に対してかどうかはわからん)。

ヘルミオーネが出てくる。老いてなお美しい人だな。

そっくりな二人だった。

いつまでも一緒にいることはないとわかっていた。MGMからオファーがあったのよ。当然行くでしょ。

ボウイは次々にいろいろなスタイルを試す。僕は影響を受けやすいんだ。

ボウイは真似するのも全然平気だった(と証言)。ヴェルベットはアルバム発売前に音源を手に入れていた。すごい。

というわけで、屋根裏部屋でおもちゃの兵隊のネジを巻く少女の歌を作る。兵隊は少女を鞭で打つ。ある日少女はネジを巻き過ぎた。兵隊は壊れてしまい少女を鞭で打ち続ける。ついに少女は死んだ。

なるほど、これはパチモンというか出来の悪い毛皮のヴィーナスだ。というか、サビの歌い方()とかルーリードの真似以外のなにものでもなくてびっくり。セヴリンセヴリンの条とかそっくりだ。

ボウイの発案でみんなで化粧して舞台に立った。おれの顔に花を書いてもいいか? と言われたよ。なかなか良いアイディアのようだが誰もおれたちを見ずに鞭を見ていた。

プロデューサーが出て来て、ここで初めて名前を聞いた歌手(あるいはスタンダップコメディアンか?)みたいだとその路線で売り出すことになる。

カルロスアロマーが、妻がその歌手みたいだと教えてくれたとか言っていたが忘れた。

トニーヴィスコンティが、スペースオディティは気に食わないので、ボウイファンのガスにプロデュースさせた、と言う。ガスが生きていたら、やつが説明すべきなんだけど、どこか遠くで12弦ギターが鳴る。

太った男が、メロトロンを説明する。ボウイは普通のストリングではない音を欲しがったんだ。サージェントペパーズとかにも使われた夢みたいな楽器だが、8秒しか音がでない(確か、8秒分のテープが各キーに割り当てられているはずだな)。

こんなふうだ。と8秒(以上のような気がするが)鳴らすと突如ブツンブツンいって音が切れた。押しっぱなしの最後を初めて耳にできた。

しょうがないのでエコーをかけてボウイの要望に応えた。この仕組みはイエスでも使うことになったな。リックウェイクマンがバックにいたのか。

5位までチャートを昇る。というか、この曲は本当に素晴らしい。

ボウイの声に変わる。次のシングルをみんなが期待しているから、期待に応えてSF用語を散りばめた曲を作った。スターマンだ(本当にこの順番なのかなぁ)。

アルバム、世界を売った男が発売される。まったく売れない。

ちょっとハードロックっぽいのが多いだろ? と当時の仲間。でもアルバムジャケットはドレスを着た男だ。ツェッペリンに勝てるわけがない。

フリーコンサートに誘ったら出てくれた(最初はアンジーが電話に出て断られたので2回目にかけたらボウイが出た)。

朝5時30分に叩き起こされた。オルガンが1台だけの舞台でみんな寝ている。

ここに素晴らしいChangesが流れるのだが、この時の音源なのかな? このChangesは絶品だ。

人々が目覚めて集まって来る。素晴らしい瞬間だった。

ミックロンソンが仲間に加わる。ボウイはおれのジミー・ペイジを手に入れたと喜ぶ。いや、違う。おれのミックロンソンを手に入れたと喜ぶべきだとヴィスコンティ(だと思うが違う人かも)。クラシックの素養があり、ピアノも弾けるしなんとかもできる、こんな独特なすごいミュージシャンはミックロンソンその人だ。

ハンキードリーが発売される。

全然売れない。

が、演じる人を演じるという2重構造が完成する。

ジギースターダストが出現する。

ボウイはタイミングを見計らっていたのだろうと誰かが言う。

ハマースミスオデオンは特別だ。

ギタリスト(ミックロンソンではない、バックでリズムギターを弾く人だったのかな?)が言う。楽屋でボウイが言った。ロックンロールスイサイドのイントロはいつものパターンと外す。おれが合図するまで演奏するな。なんだろう? すると「これで終わりだ」とボウイがいつもと違うことを言いだした。盛り上げるための演出か?

最後、レベルレベルが流れながら終わり。

デヴィッド・ボウイ 最初の5年間(字幕版)(デヴィッド・ボウイ)

5年間じゃないよなと思ったら、原題はファインディングフェイムなのか。とはいえフェイムまでは進まなかったけどな。あと年の切り替えのバックは5年間だし。

結局僕は有名になりたかったんだ、というボウイのセリフがどこかで入っていた。


2020-10-10

_ 波羅蜜(ジャックフルーツ)を食った

ワイズマートに行ったらすさまじくでっかな見たこともない果物が売られていた。

6000円チャレンジはする気は起きないけど、1/4に割った1600円の(多分少し古い)やつが半額で売っていたので、買って食べた。

5980円でジャックフルーツを売っている

表面は写真ではわからないがドリアンみたいにトゲトゲ、しかし柔らかい。

中は種の周りが黄色くて可食部はそれだけっぽい。他の部分は白くて固い繊維の塊。

断面

で、美味しいは美味しいが(臭くないドリアンかな)、だんぜんシャインマスカットを(ワイズマート価格だと1000円前後なので)6個買うほうが良いと思った。

種は茹でてみるためにとっておく。

ちょっと切るときに押さえた指がシワシワになったので、酵素は強烈かも。

後になって調べたら(名前忘れたので、メキシコとフルーツで検索、見つからないが画像でそれっぽいのがあって順に追っかけた)、Wikipediaにハラミツという名前で出ていて、東南アジア原産とわかった。漢字では波羅蜜と書くとかでハンニャーハラミッタみたいだなと思う。

少なくとも、この記述の中でみずみずしさに乏しいと書いてあるが、それはまさにその通りと思う。完全に同意だ。そこが、おれにはシャインマスカットのほうが良いと感じる原因だろう。

さらに調べると、アフリカで食べている人を見つけていろいろおもしろい。

指がシュワシュワしてべたべたしたのだが、べたべたは1/4に切ってラップされているラップのテープが原因かと思ったが、べたべた自体もジャックフルーツの果実汁が原因だったようだ。

いずれにしても、おもしろい経験だった。

追記: 子供は気に入ったらしくまた買ってこいと頼まれた。6000円は出さないよというと、そんなに食べきれるとも思えないからまた1/4で売ってたら頼むということになった。

というか、切ってからラップするとして冷蔵庫で何日くらい保存できるんだろう? 10日にわけてちびちび(といっても結構な量だ)食べられるなら、6000円といっても1日600円でそれほど無茶苦茶というわけでもないな。スーパー(この場合はワイズマートだけど)はそのあたりの情報もポップに書けば良いと思った。

本日のツッコミ(全2件) [ツッコミを入れる]

_ ねこ [どちらのワイズマートか、差し支えなければ教えてください。 ジャックフルーツ大好物なのです。]

_ arton [すみません、書き込みに気付きませんでした。 高田馬場のワイズマートです。 https://www.ysmart...]


2020-10-11

_ 波羅蜜(ジャックフルーツ)の種子を食った

昨日買ったジャックフルーツは全部食べ終わって、跡には種が10粒ちょっと残った。

白い皮にくるまれた波羅蜜の種子

というわけで、ポップに書いてあることにしたがって、茹でてみることにした。

植物だから熱湯から茹でれば良いだろうと、鍋に湯を沸かし、放り込んで5分タイマーをかけた。

2分目にフォークで突いたら、まだ全然固いので1分延長して6分にした。

で、ゆであがったのを口に放り込んで噛んだら、固い皮の内側は甘味を抑えた栗みたいな感じで、なかなか悪くない。悪くないが、皮が固くて食えない。

というわけで、白い皮は剥く必要があるとわかった。

剥くと、その下に茶色い(ちょうどアーモンドみたいな感じの)薄皮があって、波模様が大理石っぽくて美しい。

ただ、白い皮は結構固いので剥くのもなかなか大変(割れているのは良いのだが、完全に覆われているやつは、そもそも爪が立たない)で、もう一回り大きければ半分に切ってスプーンですくえば良いのだろうが、そこまでは大きくないし、まあしょうがないなぁ。


2020-10-13

_ 鳴沢湖散策

時間が微妙に空いたので、前橋箕郷線をいつもは左(高崎)か右(箕輪城がある)に曲がる道(高崎東吾妻線)を直進して鳴沢湖に行ってみた。

途中、テラコッタ色のきれいな古い建物が出て来て、看板を見ると共愛タクシーというタクシー会社で、そういえば、このあたりは鉄道はないし、バスも少ないし、自家用車がなければタクシーがなければ閉域だなと考える。それにしても、全体、この一帯の建物は美しい。

周辺

それなりに巨大な集落(子供がたくさん歩いているのだから全く限界集落や過疎という感じはない)で、箕輪城のような文化財をまともに管理していて、箕郷いずみこども園のような美しい建築物を新規に作れるのだから、歴史的にも豊かな地域なのだろうが、一方鉄道網から完全に外れているから、不可解な印象を受ける。

不可解な印象を持つのは、鉄道に沿って住宅地が作られた経緯が丸見えの東京人の視点だからだろう。

それにしても、元は何が産業のコアとしてこの一帯の豊かさを支えていたのか、と不思議になる。普通に考えればそれは養蚕なのだが、鉄道が無いんだよな。

そこで、妙に細い川のくせに「一級河川」となっている川が何筋か高崎へ向かっているのが当時の搬送路だったのかなと考える。どうでも良いがグーグルマップは河川名の日本語表記が省略されているのはなぜだろう?(日本における河川の重要性を知らないからかなぁ)

そうこうするうちに鳴沢湖に到着。釣り人用の駐車場があるので、公共の無料駐車場だろうと踏んでそこに停めて下りた。

鳴沢という名前は由緒がそれなりにありそうだが、昭和に作られた灌漑用水用の人造湖で、今はワカサギ釣り用になっている(用水としても利用されているはず)と看板を読んで知った。結構な頻度でおもしろそうなことが書いてありそうな看板があるのだが、残念、全部褪色していてほぼ読めない。あまり観光熱心ではないな。

1周2.6kmの遊歩道があるので、時間潰しにちょうどよいので歩いてみた。

島(掘り返した土を盛り上げた雰囲気濃厚)は岸辺に神社があるように見えたがそこへは行けず、栗の実が落ちまくっている道を歩く。上から落ちてきたら怖すぎるが、落ち切っているようだ。栗の木は見た覚えがあるが、よくわからん。農業用の低木状態の林だったからかも。背の高いわりと樹皮がつるつるの木がそれかなぁ。中身はおそらく散歩する近所の人が拾って帰っているようにみえる(婆さん1人、老夫婦の、2組とすれ違った。老夫婦によると春が良いらしい。梅もそうだが、竹の子が取れるとかで、なるほどところどころに竹林もある。)。

全体として、湖畔には針葉樹もあるが、広葉樹林で、いかにも近年の成果を取り入れた造りになっている。広葉樹林は、見た目の姿かたちもばらばらだし、落ち葉やら実やらいろいろ落ちているし、おもしろいは抜群におもしろい。

半島と書かれたあたりの真ん中に奇妙な洋館が聳え立っていて、妻はホテルかレストランだろうと言ったが、どうも調べると何も出てこないということは、ふつうに個人の別荘のようだ。優雅なやつだな。

水鳥が着水するや、ケーヘヘヘヘヘヘと笑い声をたてて、なんだろうと思ったが、看板の鳴沢湖の鳥たちを見ると、正直違いがわからない~サギが5種類くらいいる。いずれにしてもサギ氏の笑い声ではあるようだ。尾の長い小鳥がツーイツーイときれいな声で鳴く。鴨がやたらとたくさんゴロゴロしている。

西側の道路際の低木には、順番にでっかな蜘蛛が巣を作っている。赤いのや黄色いのや緑がかったやつとかいろいろ。同じ種類のバリエーションか、違う種類かわからんが、それぞれが道路に面してでっかな巣を重ならないように懸けているので、商店街のショーウインドーのようでもある。おもしろい。

想像よりはるかに楽しめた。


2020-10-18

_ 梨の子ペリーナ

妻が図書館でおもしろそうだと借りてきた絵本を眺めたらイタロカルヴィーノの名前が目に入って(まあ入らなくても絵本だから読むのだが)読んだ。

おもしろかった。それも思わず笑いだすくらいに。

イタロカルヴィーノが採録したらしいが、ふと、バルトークやコダーイが民謡を採集して(コダーイはともかくとして)そこから自分の創作の語彙を豊かにしたようにイタロカルヴィーノも同じようなフィールドワークをしたのかな。文化的収奪(国家は同一でも階級間の収奪は当然成立する)という概念がない時代だったのかも知れない。

それはそれとして、物語は抜群におもしろい。絵本だから絵も良いのだが、それ以上に物語が抜群である。

王への年貢の梨がいつもは籠4個なのが3個半しか収穫できなかったため農夫は籠に自分の娘を入れて送り出すという無茶苦茶な設定で始まる。

紆余曲折あって、娘は王宮に居場所を見出すのだが、そこは昔話、王様が娘に関するフェイクニュースを信じ込んでしまい、娘は魔法の宝箱(それが何か、当然娘は知らない)を持ち帰るための旅に出る。

そのあとが実に調子が良い。

梨に愛されている娘だから(それは梨農家の父親のおかげなのだろう)、梨の妖精の婆さんがすべてをお膳立てしてくれる。

それにそって、難関をちょろく突破していく。

突破していくのだが、ここの仕掛けが実に気分が良い。娘(の背後の梨)の旅路は苦痛に満ちた人々の我慢に対する解放の旅路なのだ。

かくしてほぼクエスト達成かというところで、この娘自身も何も我慢しない性格だということが明らかになり、すべての成果が台無しか、という驚くべき展開をした瞬間に梨の婆さんによってすべてが解決する。

そしてなし崩しのハッピーエンドを迎える。

予想外の展開っぷりが実に痛快だ。

で、ふと、なぜおれは予想外と感じたのか考えてみる。

日本のほとんどの昔話と違うからだ。

桃太郎の旅路は、弁当の黍団子を子分を作るために分け合う(自分の食い扶持が減る)という我慢の旅路である。

舌切り雀の爺さんの旅路は、馬洗いどんから馬の洗い水、牛洗いどんからは牛の洗い水を桶7杯呑み干す我慢の旅路である。

浦島太郎の旅路は故郷喪失の旅路である(亀を解放してやっているが、子供たちには我慢を強いている。梨の子の旅路はすべて誰も我慢する必要がない仕組みだ)。

小僧が山姥から逃げ出す旅路では、百足やゲジゲジが這いまわる山姥の髪を梳かなければならず、牛飼いが山姥から逃げるときは空腹に耐えかねて萱のストローで鍋の汁をすすったりだ。

天女は好きでもない男から羽衣を取り返すまでは専業主婦に身をやつす。

鶴は恩返しのために自分の羽根をむしるしかない(夫のほうは我慢せずに覗いてしまうの我慢の非対称性が問題となり離婚となる)。

最初から最後まで調子よく旅路を進むのはわらしべ長者ただ一人ではなかろうか。

もちろん、梨の子が、わらしべ長者と同じく例外という可能性はある。

が、何しろキリストすらエボリで引き返してしまったのだから(と、南イタリアの昔話ではないかと想像しているのだが)、せめて物語の中ではすべての登場人物を解放する方向で物語られているように感じて、それがまたおもしろかった。

梨の子ペリーナ: イタリアのむかしばなし (世界のむかしばなし絵本シリーズ)(イタロ・カルヴィーノ)


2020-10-19

_ 北池袋で西安料理

Twitterで『在日中国人が通う中華料理店に「有名店」がほぼない理由』という記事がおもしろくてツイートしたら@takekazuomiが(多分)「池袋 中華料理 評判 最高」を中国語に翻訳してぐぐったら出てきたと凡記 西安肉夾饃という店を見つけてきた。

では行ってみるかと、@atsushienoと3人で食べに行った。

池袋を山手線に沿って北へ進み平和通りというのに入ってどんどこ行くとラブホテル街になって、合間合間に中華料理店が何軒か出現し始めた。

ちょっと早く着いてしまったので、あたりをうろうろしたら妙にいかした連中が行列して地下へ続く階段の前にいるビルを見たがライブハウスなんだろうか?

で、店の前に行くと電信柱のところに灰皿が置いてあって、髪をきれいな紫に染めた人とメガネ白シャツの人がタバコを吸っていたので、おおアジアっぽいぞと中に入った。

軽食屋で基本はサンドイッチみたいなやつが(中華風ハンバーガー?)有名っぽいが、他のテーブルを見ると家鴨の皿を食っているし、メニューにもやたらと種類がある(1皿500円前後なのでラーメン屋の餃子みたいな感じだ)ので、とりあえず揚げたやつと、舌(食ったことないし)を頼んだ。あと、西安風らしき蒸した羊というのがあったのでそれも頼んだ。

舌は人の字の骨(下顎かな?)の真ん中に舌があって、ほーこういうものですかと思ったし、美味しいが、日本では日常食べないのもわからないでもない。骨までは食べられないので手を使わないとうまく食べられない。

一方、蒸し羊は、蒸し物だと思っていたらスープの上に白いのが浮かび、一か所に赤い調味料を落とした料理で、???と思って食べると白いのはパンで、あーと記憶が浮かび上がる。

以前本郷で食ったむちゃくちゃおいしいやつだ。「蒸し」は誤訳でパンのことだな。本郷の店と違って最初から千切って浮かべてあるので手が熱くならずに良い。この料理(羊肉泡糢――なんでも日記にはつけておくものだ)、やっぱり好きだな。というか、ちょうど10年ぶりの羊肉泡糢だったのか。

で、その後は家鴨の心臓(炒めものかと思ったら燻製状態のやつでこれも美味)とか、腐竹(何かと思ったら湯葉だった)とかいろいろ食った。

しかし、デザートの類が無い(米プリンみたいなのがあるような雰囲気なのだが品切れだった)。

というのもあって、@takekazuomiが寄るというので友誼商店という中華の食材店に向かう。池袋北口下りてすぐの好立地のぼろぼろのビルの中で、これまたおもしろい。

冷凍食品売り場に家鴨の舌(やっぱり顎の骨が付いている)が売っていて、なるほど普通に売っている食材なんだなと思ったが、価格を見ると、凡記 西安肉夾饃はすさまじく良心的な価格か、またはこの店との共同仕入れなのかという値段(要は、友誼商店で購入して店で出すと倍以上の値付けしなければやってられなそう)で、ちょっと驚いた。なるほど、凡記 西安肉夾饃は良い店なのだな。

腐竹も売っていたが、昆布みたいな感じでしわしわにした一反木綿を折りたたんで袋に入れて売っていておもしろい(ここでは湯葉と訳語がついていて、やっぱり湯葉だったのかと納得したが、湯葉と腐竹って隣国同士で全然異なる言葉なのはおもしろいな。というか豆腐は腐だから、発酵食品の意味として竹とは?)。

やたらと月餅が安売り(でも高価。1つ400円前後)しているのを見て@atsushienoが月見が終わったからだなと言い出した。25日のクリスマスケーキということか。これらは良いもののはずと言うので、適当に1つ買ってみた。家で妻と食べようとナイフで半分に切ったら塩卵が出て来て、なるほど、お月見用というのはこういうことかと思った。おいしかった。

その後、併営の友誼食府に行ってようやく@takekazuomi好みの臭豆腐を食べる(西安料理ではないので凡記(どういう意味なんだろう? Google翻訳だとファンキーという日本語になるが、ファンキーは発音はともかく意味としては無いんじゃないか)のメニューには無い)。

ここはフードコートなのだが、店内でのみ通用する青いプリペイドカードを購入する仕組みで、なんでそんな面倒なこと? と思ったが、今になって思うと、店員がいっさい日本円の種類や日本語の数値系を知らなくても会計できるからだな、と気づいた。


2020-10-24

_ TENNETを観る

子供とテネットを観に映画館。近場の映画館に行こうとしたら、日比谷シャンテでひつじを食べたいというので日比谷のTOHOシネマに行くことにする。iMAXということで、予約をしようとしたら最前列しか空いてない。やむを得ない。時間の折り合い上あきらめて最前列にした。

で、まあスクリーンがでかい。どう腰かけようが画面全体に目配せして細部まで観るのは不可能だ。まあ。ハリウッドの娯楽映画だから問題なかろうと(どうしようもないことだし)あきらめた。

ら、映画前のiMAXの広告でぶっ飛んだ。映画館で画面酔いしそうになる。とんでもない臨場感ではないか。

というわけで、本編でもカーチェイスのすさまじさ(特にスピード馴れする前までは)に圧倒されまくり。この経験だけで、iMAX最前列は悪い選択ではなかったと思った。

それにしても11年前には埼玉の山奥に行かなければiMAXを観られなかったことを思うと、本当に10年一昔だ。

冒頭、こいつが主役かなと(主演俳優とか知っていればそういう誤解はないのだろうが、知らずに観に行った)観ていた人物があっという間に殺されて退場してしまい驚く。

物語は、主人公視点で一直線に進むフラッシュバックすらない単純な構造だが、いろいろ適当な設定なためおかしな点もある。が、そういう細部を無視すれば、なるほどこれが話題の逆行アクションですか! とか、とにかくカーチェイス(なのかなぁ)のスピード感とか映画っぽい楽しさに溢れてはいる。そう悪くはない。おそらく車の逆走の猛烈な恐怖を映像化したらおもしろいだろうというような発想から生まれた作品ではなかろうか(そういえば夢の中なら天井に立った人間の回転蹴りができるだろうという発想だけから作ったような(と、その映像がどえらくおもしろかったのでそう考えているわけだが)映画の作家だったが、作品名を忘れた)。

ただ、逆行から順行になった最後はどうするのかとか気にならないわけではない。ここまでと決めたところでその時間線から消失して乗り物(なんていう名前か忘れたが逆行機かな)に乗る前にリジュームするのか、それとも日陰を通常の時間に沿って再度たどりなおすのかとか。

あと、1週間前に戻す理由を一言二言しか言わずそれを聞き逃したのでなぜ1週間前に戻るのか不可解で、あとで子供と話して、結局アクションの見せ場を作るのと、救急車の存在地点というのを利用しようということではないかなぁとかに落ち着いた。

組織名が主義(という字幕)なのが不可解だったが、後になって子供が解釈している記事を見つけてきて、TEN対NETだろうということで、なるほどと腑に落ちた。

それにしても、きちんと記録をつければ記録した時点から未来にその記録を元にアクションがとれるという、記録の大事さを強調するラストで、まあ記録の大切さを理解しているからこそ、廃棄しまくる国家という映画的な現実も十分におもしろいと考える。

追記: そういえば、英国のエスタブリッシュメントに主人公が仲介を依頼するところのやり取りはすごくおもしろかった。エスタブリッシュメントが主人公のスーツを見てブルックスブラザーズの服を着た人間は相手にされないぞと言うと、予算の関係だと答える。そこでエスタブリッシュメントが服屋(という字幕だったか仕立屋と訳していたかは忘れた)を紹介しようかと聞くと、ちゃんと知っているところがあるから問題なしと答える。で、シーンが変わると襟が特徴的(むしろかっこ悪いスタイル)だが、どう見てもまともなウールの(おそらくイタリア製の)生地で縫製がちゃんんとした服を着ていて、それが、なるほど服の善し悪しをちゃんと映像化するのはすごいなと思ったし(iMAXの再現力も大きそうだ)、やはり良い生地良い縫製は一目でわかるのだなぁとある種の感動があった。


2020-10-31

_ 博品館劇場でアルジャーノンに花束を

子供と博品館劇場にアルジャーノンに花束をを見に行く。をが重複するな。

原作は早川のSF全集に収められていた短篇では何度も読んだが(といっても中学生の頃だ)長編化したやつは読んでないし、どうミュージカルに仕立てたのかまったく見当がつかないので楽しみだ。

チャーリーがやたらと小男で子供みたいだが(という演技というか演出で、頭脳の明晰っぷり化と同時に服装から背の高さまで変わる(わけないから、猫背とか遠近とかでうまく処理しているのだろうが、最初のキリアン先生を訪問するときの印象(まさに大人と子供)と、終盤のキリアン先生がチャーリーの頭脳明晰っぷりに疎外感を持つと歌うところ(完全に対等以上)の印象では全然違うのが実に見事だ)。

短篇では書かれていなかったか、または全く記憶に残っていないかわからないが、元の職場のパン屋で段々と孤立していく描写が実におっかない。こんなにおっかない話だったのかなぁ。どうも、天才化することでネズミの変化から先が予測できてしまって今度は失うことへの恐怖を理解して、結局元に戻るという大筋以外は忘れていたようだ。あるいは、人間関係(特にパン屋)には興味を持てなかったのかも知れない。

同じことは家族関係についても言えて、まったく記憶にない。白痴(この言葉が新聞記事の見出しとして読み上げられるところで妙な衝撃を受けた。今でもドストエフスキーのムイシュキン公爵の物語のタイトルで現役の言葉のはずだが、完全に自分の中では死語になっていたようだ)ならではの単なる男女差についての好奇心を性的なものとして捉えた母親との関係や、手がかかる長男に対する父母の関係から自分が疎外されていると考えた妹との関係、大らかな包容力はあるものの実務的にはまったく母親に育児を押し付ける父親(とはいえ独立開業資金獲得のためでもあり、金銭的な余裕が子育てには必要と考えたのだろうとは読めるので、押し付ける一方というのもフェアではないが、そこをきれいさっぱり子供のことを忘れている(といっても、顔つきからして変わっているわけだろうからわからなくても当然のような気もする)ということにして、善良一方とも言い切れないようには仕込んではあるが微妙な位置付けだ)とか、恐怖の的扱いされている療育院(というか、物語時点の母親はここへ送り込んだほうが良いのでは? と思わなくもない)とか、まったく覚えていなかった。それにしてもパン屋の親父は良いやつだな。

その意味で、小学生の頃の愛読書の金色のライオンと同工だと思っていたが、最初から最後まで子供の視点で描かれる金色のライオンとは随分と内容が異なるのだな、と知った。印象はどちらも、獲得した知性を失うという喪失の物語だったのだが、アルジャーノンに花束をの場合は(脚本がどこまで原作に忠実なのかはわからないが)むしろ、知性を得ることによってそれまでの自分と現在の自分に対する相手にとっての立ち位置の変化が与える影響という物語でもあったのか。

金色のライオン(著者:香山彬子 絵:佃 公彦)

(急死した博士が作った(ライオン自身による再現には失敗した)薬によって知性を獲得したライオンと子供の交流の話で、途中は子供によるライオン探しの冒険となり、最後は薬効が切れて知性を失い野生に戻れば親友となった子供を噛み殺すことをお互いに理解した二人の別れの物語。重要なのはライオンの記憶から二人の友情が消失するということで、肉体的・距離的な別れとは次元が異なる喪失という抽象を読者の子供にきちんと理解させる作家の手腕の上手さと思う)

心理学者と脳外科医の立場が、最初は慎重派の心理学者に対して手術したくてたまらない外科医という構図が、学会発表の前には発表したい心理学者に対して慎重になる外科医(考えたら、責任は外科医のほうが重いからかな)とか、パン屋での二役も含めてうまくできていると思った。

研究所を抜け出した後の画学生との交流についても記憶がないけど(長編にしかないのどえはないか?)、なんかこのあたり(特にキリアンと衝突するところあたり)の筋立ては女はバカのほうが良いみたいな印象を受けて妙な感じを受けた。

「死なんて 真夜中に背中のほうからだんだんと……巨人になっていく恐怖と比べたら

どうってことないんだから」というねじ式のセリフと同じ恐怖(巨人ではなく、白痴に戻るということにスライドすれば)はそれにしてもおっかない。はずなのだが、舞台ではそこの恐怖というものは全く感じられなかった。そこはもちろん台詞としては元に戻った後の呟きは涙を誘う(可哀想というのではなく、喪失したという事実に対してなわけだが)のだが、随分と印象が違うものだ。

とにもかくにも役者も演出も音楽も良い舞台だった。

アルジャーノンに花束を〔新版〕(ダニエル キイス)


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