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日々の破片

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2009-11-12

_ 多様性か多文化主義か

一見似ているが異なる。何が異なるかというと本質がだ。

多文化主義においては、生物学的な差や社会的な差はどうにでも変化する差ではなく、変えようがない本質的な差として扱われる。

したがって、かれらの問題はわれわれの問題ではない。かれらを隔離せよ。遠ざけよ。排除せよ。

いくつかの歴史的な問題点がある。その差が本質的であれば、それを認めよという、かれらの側の申し立てがあったということだ。受容のために本質主義を利用することがあったという点だ。そのため、事態は複雑な様相を示す。

排除型社会―後期近代における犯罪・雇用・差異(ジョック ヤング/Jock Young/青木 秀男/伊藤 泰郎/岸 政彦/村澤 真保呂)

_ 世界を整理しないで生きる

カテゴライズしたり階層化すること、つまりあるドメインのモデルを作ること、抽象化することは、ある種の職業におけるミッションだ。

しかしそれは世界と対峙するときには多文化主義の罠そのものである。

分類の罠はそこかしこに張り巡らされている。特に人気があるのは生物学的な差違に基づくものだ。血液型、性別、年齢、体型。これらはいづれも本質的な差違として扱うことが出来る。

問題はこれらをロールや責務にマップしてしまうことにある、と想定する。

というのは実際にはこれらは重要な差違ではないからだ。

生物学的差違は、OSやハードウェア、あるいは実装に利用した言語にマップすべきものだ。それはドメインモデルには影響せず、単にビジネスの文脈でのみ意味を持つ。


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