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日々の破片

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2010-10-13

_ ウィキッド

子供がおもしろいから読めというので、読んだ。これはすごい作品だな。

ウィキッド(上) 誰も知らない、もう一つのオズの物語(グレゴリー・マグワイア/服部 千佳子/藤村 奈緒美)

前書きでは、さっそうと箒にまたがって、黄色いレンガの道を歩いているドロシー達の会話を聞いてふふんと鼻で笑ういかした西の魔女として登場するが、本文になるとがらりと変わる。

狂信的な牧師の親父と昼間から麻薬でぽわわん状態の母親(ということは最初はわかりにくい)に、娘が生まれる。生まれるのだが、父親はドラゴン時計という快楽主義者のからくり仕掛けと戦う必要があり村へ出かけていかなければならない。いっぽう、生まれた子供、エルファバという古き良き聖女を元に名付けられるのだが、肌が緑で、鱶より怖い歯が生えている。産婆さんは指を食いちぎられてしまう。その頃、ドラゴン時計のお告げで村人は牧師の親父をリンチにかける。

と、物騒に物語が始まるのであった。

ミュージカルの大筋は子供から聞いていたので(CDをしょっちゅう聴かされたからだ)、グリンダがメジャーにしてあげるわよとか歌ったり、広告通りの友情物語らしいのだが、原作は全然異なる。

ミュージカルの作者たちは、オズという(歴史的にも)ミュージカル的な題材とか、グリンダの性格のおもしろさとか、そのあたりからウィキッドに目を付けて、原作の持つ嫌なところをすべて取っ払ってどうでも良いハッピーなお話にしてしまったのだろう。その原作として紹介されると誰にとってもそれほど幸せなことではない。

これは、非常に優れたYAジャンルのファンタジーだしビルディングロマン(ビルドゥングスロマンと書くべきかなぁ)だった。

上巻は、前半が子供時代の両親とそこに同居することになる顔はイケメン、手足は肥大(たぶん蛙を意識している)した男と、とても育てるのが難しいので呼び寄せた乳母、野蛮な村人たちの生活を描く。

描写はきわめてうまい。会話をうまく使うことで直截的な暴力はそれほどは描かない(が、父親がリンチにあうシーンはしっかりと描写しているので、つまりはメリハリをえらくつけている)。表現がうまいなぁと思ったのは、同年代の子供とつきあわせることで肌が緑というのはどういう不快な目にあうのかを学ばせようと、乳母が近くの家にエルファバを連れて行って遊ばせるところだ。ばあさん同志の呑気な会話の向こうで殴る蹴る石をぶつけるぐさぐさ噛みつきまくる凄惨で血みどろの子供同士の喧嘩が進行しているところだ。

その後に、実に楽しい大学生活が始まる。最近読んだ本だともやしもんに近い気がする。ようするに、若気の至りのような連中の楽しい大学生生活というやつが、雰囲気良く描かれているからだ。ミュージカルがこのあたりを中心に再構成したのも当然だな。

にもかかわらず、主人公の内向性と攻撃性のせいで、かならずしも楽しい話とはならない。

また、同時進行している外界の動きの描写もあって、話は常に、え、そっちへ進むのかと、悪いほう、悪いほうへと転がっていく。実におもしろくて、途中でやめるのが惜しい感じの物語を久々に楽しんだ。少しも楽しくないけどな。

最終的にエルファバはブランキ主義(と思われる)の団体に入って活動することになる。常に意外な行動に進むのであった。

それにしても熊の子がかわいそう過ぎる。

そして下巻になだれこむ。

ウィキッド(下) 誰も知らない、もう一つのオズの物語(グレゴリー・マグワイア/服部 千佳子/藤村 奈緒美)

表紙がグリンダだが、グリンダはもうほとんど関係ない。(ドロシーに妹の東の魔女の靴を与えるという妙な役回りで登場するが、そのせいで物別れとなる)

西の国の荒涼たる山城で物語は常に良くない方向へ進む。きっと良くないことが起きるのだろうなぁ、とここまで読み進めているので予想しながら読むのだが、えーそうなるのかぁともっと悪い方向へ話が進む。というか、エルファバの選択がまた実によろしくない(結果となる)。

取り上げられているテーマは異様にヘヴィーだ。

人種問題、ジェンダー、政治と学問、産業構造、絶対権力と対抗するためのテロリズム、科学と自由、平等と学問、宗教、伝統と革新、セックス、支配と被支配、無知と知識、早い話がハリーポッターが避けて通るような内容ばかりだ。当たり前だが、すべて、結論が出る問題ではない。したがって、人間にできることは自分の生を生きて、死ぬだけだ。だからYAターゲットということだと思うのだが。

たとえば、<動物>(意志の伝達手段を持つ)と動物と人間の差とは何か? もし、生まれたてで言葉をまだ話せなければ<動物>と動物に違いはない。したがって、<動物>として扱う必要はないのではないか? という命題。

それに対して山羊先生が途中まで研究していたテーマ(論文を仕上げる前に暗殺されてしまうのだが)の構成している物質(つまりは細胞のことだと思うのだが)が等しい生物を別のものとして扱うのは正しいか否か。

グリンダは、おしゃれが好きで自分のことが大好きなおちゃっぴーな女の子だが、エルファバとつきあうことで自分で考えるということに意識的になる。ボックという(この男は基本的に良い役回りで、学んだ農学のおかげでそれなりに暮らすことになる)本来良い男だが、そのボックが考える仲間としてのエルファバやグリンダと、恋愛の対象としてグリンダ(ガリンダという名前なのだが)を自然と分けているとか、それぞれの登場人物ごとに階級、人種、思想、生活観、政治的立場といった細かなパラメータをうまく使い分けている。そのせいで、物語のリアリティは相当高く、しかもあまりにも残虐な現実描写を表現のうまさで避けて(しかし直截的な描写はなくても、というかむしろ無いせいで実に印象的になる)、そのあたりの構成力はなんというか、アメリカのプロの作家の作品だなぁ、と感心した。


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