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日々の破片

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2012-10-15

_ 我々を蔑むものは我々の手で滅ぼす

新国立劇場でブリテンのピーターグライムズ。

ブリテンはグレートなのだな、と納得した。パーセルの変奏曲くらいしかまともに聴いたことはなかったが(ピーターグライムズの間奏曲は聴いているはずだが、まったく記憶にない)、この作品が真に重要だったのだ。

でも、実際のところ、音楽にはそれほど印象は受けていない。4幕でのピーターの独唱や、エレナの独唱、確か2幕の最後だと思うが、疎外されたいのしし亭の女主人と「姪」(ということになっているが、ホステスだな)、エレナの歌、あるいは1幕だと思うが、いのしし亭にピーターグライムズが入ってきて星辰の詩のような歌を呟くところなど、良いところはあるのだが、金管の激しいがなりたてばかりが印象に残る。間奏曲は最初が金管がリズムを刻んで弦が形を作るのが、次に弦がリズムを刻んで木管が形を作り、これは美しかったが、この曲が有名な間奏曲なのかな?

では何が強烈な印象を残すのかというと、脚本だった。

脚本は有名な共産主義者の手になるものらしい。

優れたプロレタリア文学だった。

日本のプロレタリア文学の最高峰は『セメント樽の中の手紙』だと思うが、同じようなどうしようもなさで溢れているのだ。救いがこれっぽっちもないところも。

プロローグは裁判の場面だ。ピーターは小さな棺を抱えている。この演出は心の動きを形で示す。彼は死んだ子供を忘れることはできず、とまどっている。大漁に気を良くしてロンドンまで船を進めて(この村で陸揚げするより高く売れるのだろう)いくのだが、途中、風向きが変わり漂流することになる。水が切れて翌日、子供が死ぬ。熱中症か脱水症状か、そういったものだろう。

そこで村人は大喜びで、ピーターが殺したというストーリーを作り、退屈な日常に大きな刺激を作り出す。この共同幻想については3幕の最後で、アヘン中毒の資産家の老嬢が、大都会と違って犯罪(を他人事として愛でる)という楽しみがない村だけど、殺人よ、嬉しいわと歌うので明示される。

ピーターを特に告発して楽しんでいるのが、メソジスト派でアルコール中毒の漁師(彼はメソジスト派だということで、異端宗派の人間として、ピーターの理解者の引退した船長に嫌味を言われている)と、資産家の老嬢(彼女はアヘン中毒だということで、ピーターと一応ふつうにつきあっている医者に陰口をきかれている)の二人だというのは示唆的だ。

ピーターが嵐に備えて船を浜へ揚げようと助けを求めるのだが、協力するのが元船長と医者の二人だ。

判事は、すごく怪しいが、以前おぼれている子供を助けたこともあるから、無罪にしておく、しかし徒弟を取ることは禁ずる(なぜなら危ないから)、というような曖昧な判決をくだす。その曖昧さから、ピーターはやはり殺人者だという噂はかえって強くなる。

だが、徒弟はやはり必要だということで、医者と教師(未亡人で、ピーターとは相愛関係にあり、ピーターは漁で稼いで自分の魚屋を作り、落ち着いてから彼女と家庭を作ることが夢なのだった)が協力して嵐の晩に子供を連れてくる。

ピーターは貧しいが、独立不羈の魂の持ち主だということが、その生き方から自然とわかるのだろう。村人は何かがありそうだと思えば、「我々を蔑むものは我々の手で滅ぼす」と念仏を唱えながら、すぐにピーターの家を襲う。直接ピーターが村人を蔑むシーンはまったくないのだが、同じ方向を向いていないというだけで、自分たちが蔑まされていると感じるのだろう。この感覚は理解できないが、何か普遍的なものらしい。

元船長だけが、他人は他人だという態度を貫く。

それが可能なのが、村で唯一の技能職の医者と、おそらく他に行くことができそうに見える元船長だけだというのが示唆的で、教師はピーターを愛しているから味方をするのだが、彼ら二人ほど確固たるスタンスを持っているわけではない。ここにもおそらく悲劇の目がある。

子供は嵐で崩れたらしい、ピーターの小屋から海辺へ続く崖から落ちて死ぬ。ピーターは落ちた子供を探しに行く。

ここに至る直前の小屋の中でのやり取りは、良い演出。子供は極度にびくびくする演技をしているのだが、ここではピーターが実は自分を大切にしていることに気付き、おんぶの形でしがみついたりする。それなりにになついているのだ。

村人が小屋を襲うが、すでにピーターは崖を降りた後で見つからない。小屋の中が整頓されているというその一点で村人は彼は悪くないと考えて去っていく。

いのしし亭の前で、女は待っていろとか下層民は貧民靴へ帰れなどと罵られた「姪」が蔑まれたものの悲しみの歌を歌う。(が、3幕で再度ピーターを襲撃に行くときは嬉々として参加することになる)

元船長は2回目の襲撃の前にピーターへ、沖へ出て船を沈めるように告げる。ピーターは去る。

この演出では、女教師は最後、村人と同じ方向を向き同じ(讃美歌を書いた譜面を持つ)ポーズを取る。

Peter Grimes(Britten)

ブリテンが振ってピアーズ(この二人はそれが原因で住んでいる村の住民に排斥される(ピーターグライムズの作品に影響しているらしい)くらいな同性愛カップルなのだが、イギリスで同性愛者が犯罪者として扱われるというのには、いろいろな例外規定とかあるのかな?)が歌っているCDがあって、まだ現在に地続きの作家なのだな、と不思議な気持ちになる。国立劇場のロビーに写真で見るブリテンの生涯みたいな展示があったが、最後はカラー写真なので、違和感があったのと同じだ(1960年代まで生きているのだからカラー写真があるのは当然だし、音楽は明白に20世紀の音楽なのだが、題材がまったくこの世のものとは思えない、同調圧力が支配する社会を描いているから、それこそが現代なのだとわかっていても、遠い世界の話のように思える)。

DVDも出ている。1969年。

Peter Grimes [DVD] [Import](Benjamin Britten)

幕がしまってから、しばらく拍手も出ないほど、観た人がしゅんとなってしまう恐るべき作品だった。


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