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日々の破片

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2014-06-14

_ クマに会ったらまず脅せ

本屋をうろうろしていたら、かわいい表紙におっかない副題の本があったのでつい購入して、晩飯食う時にだらだら読みつつ、数か月かけて読了した。

クマにあったらどうするか: アイヌ民族最後の狩人 姉崎等 (ちくま文庫)(等, 姉崎)

聞き書きしたのは言語学者らしい。念願のアイヌ語事典の編纂中に逝去したらしい。

聞かれているのはアイヌと和人の混血の猟師さんで、実際問題としても最後のアイヌ(の血を引く)猟師だったらしい(同じく逝去している)。

おもしろい。

まず筆者(が二人いるので厄介だな。猟師さんのほうを以降、姉崎氏と書く)は、戦前生まれ。父親は日本人で母親はアイヌ、つまり混血なのだが父親が事業に失敗して日本人の土地からアイヌの土地へ移り(母親側の土地)、すぐに父親は死亡、以降、イタチを採ったり魚を釣ったりして生活費を稼ぎながら生きることになる。

ここでなんか、日本人の子供ということで徹底的に差別されたらしい。(まあ、逆に日本人からも差別されたこともありそうだから、混血というのは辛いものだな)

日本人にはどうせわらかないということなのか、伝統的な猟の方法だの儀式だのからスポイルされる。

ところが、稼がなければ死ぬしかないとか、全体としては差別しているのだがそうはいっても母親の親類とか近所の親切な人とかが、なんだかんだと世話を見てくれたり、(おそらく本人には自覚ないと思うのだが)猟や漁の真似をするのを許容していたりする。日本人の血が混じっていることで直接は教えてくれないわけだが、後からこっそりついてきて真似しているのは認めていたように読める(本人は気づいていないだろうが、子供が後をつけてきて何かしていれば普通はわかるだろ)。

その後、徴兵されて樺太で終戦後にソ連と戦ったりした後に(なかなか興味深いエピソード)、北海道に戻り、アメリカ軍の基地に就職するかたわら、休日には独立系猟師としてクマを撃つ生活に入る。

今の感覚だとクマを1頭しとめると100万円くらいになったようだ。

おもしろいのは、姉崎氏が、聞き手(以降片山氏)の誘導(意図的誘導というよりも、常識から考えた質問だと思う)をばんばん否定していくところだ。

Q:クマの手は冬眠中に尻をふさぐ右手よりも舐めるために蜂蜜を塗った左手のほうが高いと言いますが

A:お前はバカか? 蜂蜜を塗って住処まで四足で帰ったら、蜂蜜は全部地面にこすりつけられて取れてしまうではないか。左手に残っているなんてバカなことはあり得ない。

Q:クマは冬眠中に……

A:おれも興味があるので、冬眠から覚めた直後のクマと3週間くらいたったクマの両方を解剖して胃や腸がどうなっているか調べた。その結果……(科学者ではなく猟師なのだが、とにかく、合理的に仕事を片付けるために必要そうなことはすべて調べている)

Q:なんと! それでは他の動物、たとえばヤマネとかも同じようなんですかね?

A:ヤマネは解剖したことがないからわからない。(誠実な態度)

Q:ユーカラによれば……ということですが

A:それはあり得ない。またそれは疑わしい。なぜならばおれが入れ墨している婆さんから聞いた話だと(要するに伝統を守って入れ墨を口にしている婆さんのいうことは比較的信用しているらしい)……だし、実際、山に入って……していると……だ。もっとも……地方だと……だからそういうことはあるかも知れない。

という調子。

矛盾したことも平気でいう。

A:というわけで、婆さんは逃げて助かった。

Q:ちょっと待った。さっき、逃げたらだめだと言ったじゃないか。

A:もちろん、逃げたらだめだ。腰を抜かしたら上半身だけでも起こして、とにかく怒鳴る。

Q:でも婆さんは逃げて助かったと。

A:うん、婆さんは逃げて助かった。

Q:でも逃げたらだめだと。

A:婆さんはたまたま運が良かったんだろ(何、くだらないことに拘泥してるんだ? 一般論と個別論は分けて考えろよと、言わんばかり)

まとめると、

・熊は雑食と言っても、面倒なことは嫌い(人間様と同じだ)だから、ドングリがあればそれを食べる。魚や獣やまして人間を食べるなんて普通はしない。

(追記:要するに猫みたいに狩猟本能がかわいく毛むくじゃらになった生き物とは違うから、腹が減ってなければ他の動物を襲ったりはしない賢い獣だということで別に隣に寝ていても安心なくらいなのだが(というエピソードもある)、とにかく無茶苦茶力持ちなのが問題ということ。それにしてもこういう知能が高い生き物を熊イジメとかしていたアングロサクソン族には憤りを禁じ得ない)

・こっちの居場所を教えれば向うが勝手に避ける。おれはペットボトルをペコペコ鳴らしながら山を歩くよ。(慣れがあるようなので、以前は~で避けたようだが今はペットボトルのペコペコ音のほうが効果がある、というのが1990年代だかの話)

・というわけで道で向うからクマが来たら、バカヤローでもなんでも良いから怒鳴る。立ちはだかって怒鳴る。腰が抜けたら上半身だけでも起こして怒鳴る(おれは板垣退助を想像した。話せばわかると怒鳴るのもありなのだろう)。向うが勝手に許してくださいと逃げていく。

・とは言え、1)窮鼠猫を噛む(クマはなんとなく人間のほうが強いと勘違いしている)で戦わなければ死ぬとなったら戦う。2)一撃で人間は死ぬ。3)目の前に食べ物があるのだから食べる。4)ウマー。5)弱くておいしいから、次に人間見たら食べようという論理くらいはもっている。したがって、人食いクマは見たらすぐに殺せ。出たら追いつめて殺せ。

・というわけで至近距離まで来られたら、殺されないように、食べられないようにする義務がある。人食いクマにしてしまったら、他の人間に迷惑だ。

・棒で払うのは良い。突くのはまずい。

・逃げるな。逃げるというのは、おれはお前よりも弱くて、しかもお前の餌だと認めることだ。食われるぞ。

・死んだふり? バカか? 本当に死んだかどうだかもてあそばれて、手足を千切られるし、千切った肉を食われたらおしまいだ。

・とは言え、いろいろ例外もあってだな。

・ま、至近距離まで来られたら死ね。それがいやなら、とにかく上半身だけでも起こして、睨んで、怒鳴る。とにかく怒鳴る。

・あと、クマを見たほうが良い。

・でっかなクマは安心して良い。そこまで成長したということは、身を守るすべを知っている、つまり慎重で臆病で頭が良いクマだ。怒鳴ればわかる。

・子熊はかわいい。でも近寄らないこと。母親から見れば、お前さんは弱弱しい子供を狙うおっかない野獣にしか見えないからな。窮鼠猫を噛むの原理が働くぞ。

・若い熊、こいつはやばい。バカで経験を積んでいないから、近寄って来ることがある。死んだふりすると何だろう? ともてあそんで手足を千切られる。千切れば肉の匂いがするから齧ってみる。おいしい! だめじゃん。

・というわけで、至近距離になったら、なりふり構わず、生き残ることを考えろ。逃げて助かった婆さんもいれば、手足を千切られてそっちをおもちゃに持って行って助かった作業員もいるし、いろいろだ。

・でも、とにかく近寄せないことが最重要。

・っていうか、やつらはドングリ食ってれば満足なんだから、広葉樹林を破壊した役人どもは本当にバカだね。

というようなことであった。

しかし、本当におもしろいのは、姉崎氏が語る、上手に効率的に稼げる猟師として生きるために、北海道の山でどう行動するのが一番合理的かという知恵の数々だった。

知的な好奇心がえらく刺激されるおもしろい本だ。


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