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日々の破片

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2022-09-10

_ バグダードのフランケンシュタイン

バグダードのフランケンシュタインをイラクの小説って読んだことないから(千一夜物語は別だろう)買って読んだ。

フランケンシュタインといっても博士のことではなく怪物のほうだろうと思って読み始めたが、まったく予想外の物語が展開されて驚いた。

舞台はフセイン政権壊滅後の米軍が駐留中のバグダードだ。そこら中で自爆テロが発生し、民兵同士の銃撃戦がある。

爆弾テロによる死者は五体バラバラで下手すると単なる肉片だけとなる。

すると土葬文化(ということは概念的には完全な肉体が死者には必要という思い込みが根底にあるはずだ)の彼らにとって、死者たちはどうにも言いようがない状態に置かれることになる。

すなわち死体なしの人間の死にいかなる存在証明があり得るかを主題とした文学作品だった。

主人公は複数存在する。親しい友人であり事業パートナーを自爆テロで失った古物商。彼は、ばらばらになった死体をつなぎ合わせて完全な人体を持つ死体を作ることで失った友人を正しく埋葬したいと願うのだが、各パーツは友人ではないので、自分でも何が目的なのかを見失ってしまう。

自爆テロに巻き込まれて死んだ警備員は墓で眠りにつこうとするが、棺の中はからっぽでやむにやまれず町をさまよい、古物商が作った死体の中に潜り込む。

息子が湾岸戦争で戦死した老婆は、遺体が無いことから息子の死に納得できず、帰還を待つ。彼女はキリスト教徒(聖ジョージの絵姿に祈りを欠かさない)で、教会の互助会から年金を受け取ったり神父から世話を受けたりしながら暮らしている。

エジプト人の喫茶店主は、古物商が店で法螺話を繰り広げるのを楽しみにしている。

市中のホテル経営者は破産間際で、向かいに店を構える不動産ブローカーは虎視眈々とホテルを狙っている。ブローカーは政府筋ともつながっていて、所有者不明(爆弾テロで死んだまま誰だか確認できなくて消えてしまった人がたくさんいる)の土地家屋を安く手に入れてうまく商売をしている。

雑誌社で働く記者は観察したすべてを記録しながら上昇志向を崩さない。

これらの人たちのそれぞれの生活の間に、魂が潜り込んで正義の復讐のために殺戮を繰り返すフランケンシュタインの怪物の闘争と自意識が描かれる。怪物は遺体を接ぎ合わせただけなので、1週間もたたずに部品が腐敗して交換せざるを得ない。交換のためのパーツは爆弾テロによって常時供給される。交換する都度、そのパーツの持ち主の意識によって新たな敵が見つかる。そのうち、不正義である敵も正義である自身も区別がつかなくなってくる。

主題は陰鬱だが、語られる物語はテンポが良く、出てくる事物も考え方も新たな文化的な発見があり実におもしろかった。

バグダードのフランケンシュタイン (集英社文芸単行本)(アフマド・サアダーウィー)

・で、ふと思ったが、刺青文化のうちいくつかはパーツとなった遺体の持ち主の存在を認識させるためのものかもしれない。熊に食われた残骸や鮫に食われた肉片から、あるいは敵対組織によってばらばらにされた部品から、仲間や家族にああ彼は死んだのだなとわかってもらうためのマーカーとしての役割はありそうだ。


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