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日々の破片

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2013-06-10

_ コジファントゥッテ

新国立劇場でコジファントゥッテ。アルフォンゾのキャピング場はこれで2回目だ(なんか3回目と勘違いしてた)。

前回、つまり初回は3.11の直後で、演出家などが日本に来なかった(が、エレールはちゃんと来て、ますます好きになったが、最近はどんな仕事をしているんだろう)のを思い出した。が、それはそれとして、2回目見ても、これはやはり良い演出だ。今日、気付いたのは、木をナイフで削るのは、アルフォンゾ登場シーンだけではなく、グリエルモがフェルナンドを待っているシーンでも行っていた。いや、そうなればプログラムに軽く書いてある象徴的意味はますますもって明らかだ。

歌手はいずれも良い感じで、見た目は屋台のホットドッグ屋から財をなしたようなアルフォンゾが、前回の演出とはえらく雰囲気が異なるのだが、悪くなく、フィオルディリージのミア・パーションは、なるほどこれは人気上昇中なのも当然、ドラベッラのジェニファー・ホロウェイは妙なホワイトノイズが入る声なのだが、なんかおれは好きな声だ。デスピーナの天羽は雰囲気含めてとてもよく(初回の髪形爆発のデスピーナよりも明らかに好きだ)、ただし曲はそれほど好きではない(というか、モーツァルトはそれほどおもしろいと思わないのだからどうしようもない)。

ところが、イブアダム(蝶々夫人の指揮がとてもよかったので名前を憶えているのだが、こんなに四角い太っちょだったけなぁと、随分、記憶と異なる。指揮っぷり通りに颯爽としたナイスガイだと思ってた。見た目は服のせいもあるが、ミニパッパーノと言う感じだ)の指揮が実に良い。序曲の木管がぽぽぽぽぽぽぽぽ、ぽぽぽぽぽぽぽぽ、入るところの抜群のユーモアといい、それがぱーらぱらぱらぱんぱんぱんぱんで収まるところの歯切れよさといい、実に楽しく、あれ、こんなにおもしろい曲だったっけ、と驚いた。

_ ピアノはアナログ楽毅なのだが

すぎむしさんがtwitterで教えてくれて、おもしろそうだから購入した本をだいたい読んだが、感心しない。

音律と音階の科学―ドレミ…はどのようにして生まれたか (ブルーバックス)(小方 厚)

知ってることしか書いてないから、おーなるほど、という喜びを得られないのはともかくとして、どうも、この人は楽器を操作したことがないのではないだろうか。そのために、ぶれのおもしろさや、共鳴の楽しさみたいなことが、きれいさっぱり抜け落ちていて、はて、一体、何を書いているのだろう? と不思議になる。そこにこそ、まさにおもしろさがあるのだが。しかも、書いている内容に比べて量が多すぎる。普通の本なら10ページくらいの内容だと思う。

特に前書きに、類書が無いというようなえらく肩肘張った自負が書いてあって期待を高めてくれたのに、どうして、ここまで当たり前の前提知識みたいなことを延々と書いて得意げなんだろう? 不思議だ。

せめて神秘和音の比率(これが良くわからないので知りたかったのだが、そういうことは書いてない。増4度-減4度-4度-増4度、それに続けて4度の3和音、つまりド-ファシャープ-シフラット-ミ-ラ-レとなるのだが、以前、何かでこの音程をどうスクリアビンが導いたかの説明を読んで、まったく理解できなかった(うえに、何の本か忘れてしまってもう読めない)ので、何か説明があるのかと期待していたのだった)の理由づけでも書いてあれば良かったのだが。

そういう知らないことがわかるかなと思って、見事に期待を裏切られたことに、なぜ4度については増/減を使うのかも不思議なのだが、これもただ増4度とか書いているだけで、理由はわからなかった。

書いていないことをあげつらうのはばかげているとは重々承知だが、それにしても、ここまで前書きの大言壮語の割に、書いていないことが多すぎる本は、これまでお目にかかったことはない。音程がどうしたとかいうのであれば、なぜ秦律(呂氏がまとめたので秦律と呼ぶというようなのを読んだ覚えがあるのだが、この語は秦の法律のことみたいだ。なんだっけなぁ?)についての見解が含まれないのだろうか? (これもさっぱりわからないので、知りたく思っていたのだった)

増4度といえば、リストで、このへんてこな音程は実におもしろい。

リスト:ダンテを読んで - ソナタ風幻想曲、他 (Liszt / Lise De La Salle) [日本語解説書付](リスト/リーズ・ドゥ・ラ・サール (Pf)/リーズ・ドゥ・ラ・サール)

(このCDおもしろそうだ)

感想としては、この著者はオープンソース的な考え方(自分が使うものを自分で変えることができるとか、世界を自分で定義し直すとか)が出来ない人だということをえらく感じた。

ピアノが家にあれば、蓋をあけてハープのようにかき鳴らしてみたり、あるいは調律師が、キュッと一締めしてポンと打鍵すると、ごく微妙に共鳴が変わっていったりするのに、目を丸くしたり、たかだかハノンを弾いていても、ある2つのキーの組み合わせに限ってどこかでピンピン妙な音がして、ピアノの上にたまたま置かれているキーホルダーをどかすとその音が消えてなくなったり、ピアノの回りには謎と驚異にあふれていると思うのだ(というか、おれはそうだった)。それが、この本を読むと、ピアノでドを打鍵するとドが出るという、それは電子ピアノだろ? とツッコミたくなるようなことを平然と書いている。

そうではない。ピアノは弦楽器だ。

ホンキートンキーなおもしろさを、そのまま使うことで新たな可能性を見つけた西部のピアノ弾きや、ものを挟んで、思わぬ音程を得ることで明確に枠組みを変えて見せたジョンケージが、まるで存在しないかのようだ。

_ 怒る子供

fbでかずひこさんが、子供が機嫌が悪いときに「かずひこ君、きらい」と言うと書いていて、ほほえましく思いながら、いろいろ思い出す。

以前、shiroさんの日記で、子供が怒ると捨て身の攻撃で「てんぐしゃーん」と言うとあって、これもえらくおもしろかった。

自分の子供はどうだったろうか? と考えると、最初に思い出すのは「かーくん、あっち行く」だ。

2歳になるかならないかくらいではなかったか。3歳にはなっていないと思うのだが、なぜか、おれに怒られたりすると「かーくん、あっち行く」と言う。

まあ、あっち行けという命令形を知るはずもないから、あっち行くは良いとして、前半の「かーくん」というのがさっぱりわからない。

で、妻といろいろ考えていたら、ふと、「かーしゃん」と妻を呼ぶことに気付く。というか、妻が自分のことをおかーさんと自称しているから、それをかーしゃんと呼ぶのはおかしくはない。が、おれはかーくんなんてカッパかカラスみたいな自称をしたこたない。

が、公園の友達かテレビか何かわからないが、女性には「さん」、男性には「くん」を付けるものだという考えが生じて、おれを「かーさん」の男性版と認識して「かーくん」と呼ぶのではないか? と仮説を立てた。いや、そこまで考えているはずないだろう、とも思うのだが、それにしてはどこから「かーくん」というのが湧いて来たのか不思議な話だった。


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