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日々の破片

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2016-05-29

_ 新国立劇場のローエングリン

前回は2012年6月だったから4年ぶりだ。

なんかフォークトが歌っていればそこはOKみたいな感想を書いているが、今回もほぼ同じ。でも、エルザ(1幕では妙なかぶりものを頭にかぶっていて、明らかに妙ちきりん)が切羽詰まって(ふつうの人には)何言っているのかわからない妄想をしゃべっていると白鳥に人々が気づく場面の美しさから鋼鉄の処女のような奇怪な乗り物に乗ってローエングリンが降臨するところは実に素晴らしい(前回はそれについて特に書いてないのはなぜだろう?)。

飯守泰次郎の指揮は素晴らしい。序曲、しばらくずっと弦の高音域だけを使うのだが、これが見事に美しい。しかも盛り上がってティンパニの連打のあたりの思い切った大音量、色のつけかたが良いのだ。

オランダ人の夢見るゼンダはオランダ人を信じ切って自分が死んでしまって、次のタンホイザーのエリザベートはタンホイザーを信じ切っていたら相手が死んでしまって、さてこんだどうするかとワーグナーが考えた末に、エルザは信じることができずに失ってしまうとしたわけだな。で、これで夢見る乙女3部作は完結するわけだが、いろいろ考えてみるに、ワーグナーは夢見る乙女を仮想的な顧客としてオペラを作っていたら、思いもかけないことに乙女側ではなく自分をローエングリンだと思い込んでいる金持ちの若者に出会って路線を変更することにしたのであった。というわけで3部作となり、トリスタンとイゾルデは政略結婚という打算を最初からわかっている夢見ない乙女を使うことにしたのは良いが、どうにも話が合わないので、媚薬の効果で夢を見させることにしたのだろう。

一方、12歳のエルザと14歳のローエングリンでは子供過ぎて簡単に去ってしまうことになったので、14歳のジークリンデと16歳のジークムントの場合はジークリンデは人妻、ジークムントは行く先々で不幸な女性を救って酸いも辛いも知り抜いた渡世人として、ローエングリンと同じく家系や名前は言えないわけだが、わたしは幸福をもたらすものとは呼べないから、名前は悲しみを運ぶものとか名乗るし、ジークリンデも心得たものであんた気に入ったから勝利をもたらすものと名乗んなさいよ、と息があっていて気持ち良い。

演出で目立った点。1幕のエルザは妙な帽子をかぶった不思議ちゃんというかメンヘラ少女なのが、2幕では大人な恰好に変わり、社会的制約というカセ(の傘の骨組みみたいなもの)を課させられると、もう一つの人格であるオルトルートが裏側から飛び出してくる。

で、第3幕では飯守泰次郎があっと驚くほどの猪突猛進な速度で序曲を演奏する。これ、この速度だと、アラベッラの第3幕の前奏曲と同じ意味になるんだな。明らかにそういう意図だろう。

すると、侍女たちが部屋にローエングリンとエルザを残して去るときに、寝台(白い花を模したもの)をこちらにくるりと回すと、なぜか深紅の敷物が不定形に置かれているけど、それも意味がついてくる。演出と演奏は一緒になってエルザの質問はあとのことと明示しているのだ。そうした意図が、エルザが強気で質問することに合わせたのか、ローエングリンの軽薄さ(と薄情さと無責任さ)を際立たせるためなのか、おそらく両方で、結果的に置き去りにされたゴットフリートの将来やブラバント公国の上に立ち込める暗雲を残すことになるし、そんな気分の悪いものを見ながら能天気に自分をローエングリンに見立てた王様の小僧っぷりや、ワーグナーのひねくれたものの見方に対する批評にまでなっているのだった。

最後、ローエングリンと名前を知ったのにエルザはあなたあなたと呼びながら抱きついてきたゴットフリートを置き去りして駆け去って行くし、公国民はがっかりして去って行く(ハインリヒもどこかへ消えてしまう)。あとにはゴットフリートがorzでおしまい。

3幕の序曲はすさまじい速度だったが、だんだん悠揚迫らぬ速度となり、名乗りのところではフォークトがパルジファルのところで待ち合わせするくらいに合わなくなってきて、でもそれは舞台作品ならではのだいご味として楽しめた。こういう良い舞台が観られるって実に素晴らしいことだ。

エルザを歌ったマヌエラ・ウールはとても小柄(日本人歌手かと思ったが、声量は素晴らしい)で、12~3歳設定のエルザにふさわしい。良い歌手だと思うな。

・今回休憩が2回、それぞれ40分と長くとっているのは良かった。安心してホワイエで食い物を食べられる。


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